[ ここから本文 ]

国立大学法人 名古屋大学大学院生命農学研究科
ミツバチ不足に対応した緊急プロジェクト研究を実施
ポイント昨春のミツバチ不足問題に対応し、我が国の養蜂群の実態調査やミツバチ群の健常性に影響を与える要因の解析などからなる緊急研究を実施 蜂病、ストレス、農薬など幅広い観点からの分析を行い、今後の対応に資する基礎データを取得
概要
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構(以下、「農研機構」という。)畜産草地研究所【所長 松本光人】と名古屋大学大学院生命農学研究科【研究科長 服部重昭】は、2009年春に起きた花粉交配用ミツバチ群の不足を受け、今後同様な問題が起こらないようにするために緊急調査研究を実施しました。
緊急調査研究では、これまで明らかになっていない蜂群の季節変動を明らかにするため、採蜜用および花粉交配用を含む様々な管理形態のモデル蜂群を対象とした追跡調査を行いました。また、異常事態の要因を推定するために、養蜂家からの報告や送付された蜂サンプルの分析を行いました。農薬については、特に低濃度農薬の影響に注目し、一連の投与実験を行いました。さらに、蜂の病原体の浸潤状況の分析を行いました。
今後はこれらの成果を受け、より詳細なデータの集積に努めるとともに、複合的な要因の解析や対策技術の確立に資する研究を開始する予定です。
なお、当該プロジェクトの最終報告書は、当所のホームページよりダウンロードできます。
予算:平成21年度新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業(農水省)
科学研究費補助金(日本学術振興会)
問い合わせ先など
- 研究推進責任者:農研機構 畜産草地研究所 所長 松本光人
研究担当者:農研機構 畜産草地研究所 家畜育種増殖研究チーム 主任研究員 木村 澄
Tel 029-838-8727
- 広報担当者:農研機構 畜産草地研究所 企画管理部 情報広報課長 児玉正文
Tel 029-838-8611 Fax 029-838-8628
- 本資料は、筑波研究学園都市記者会、農業技術クラブに配付しています。
研究の社会的背景と研究の経緯
2009年春に起こった花粉交配用ミツバチの不足の問題は、大きな社会問題になりました。このため、農林水産省では花粉交配用ミツバチの不足を解消するため、蜜源植物の作付けへの支援や耕種農家と養蜂農家との連携促進を図るなどの緊急対策を行ってきました。この緊急対策の一環として、農研機構・畜産草地研究所と名古屋大学では畜産草地研究所・家畜育種増殖研究チームみつばちグループを中心として、「平成21年度新たな農林水産政策を推進する実用技術開発事業(緊急対応型研究)」の課題「我が国養蜂群の健全性の現状調査と健康状態に影響する要因の解析」を担当し、一年間研究・調査を推進してきました。この課題の中で、我が国のミツバチ群の消長を把握したうえで、消長が異常であったミツバチ群の解析を通じ、ミツバチ不足が起こった要因を明らかにすることを試みました。また、一部でミツバチ不足への関与が疑われた農薬、園芸施設への導入によるストレス、蜂病などについて調査研究を行うとともにミツバチ不足に対処するためのデータの蓄積にも取り組みました。なお、蜂病の現状分析の一部は日本学術振興会の科学研究費補助金で行われました。
研究の内容
- モデル蜂群による季節的消長の記録:飼養形態の異なる複数の養蜂家が飼養している蜂群の消長(巣箱の重量、働き蜂の数、蜂児域面積など)と管理状態を定期的に記録しました。その結果、ある養蜂家の蜂群(N=10)の巣箱重量(健全性を表す指標)は漸減し、うち2群は急激に減少して群の維持が出来なくなりました。また、その他の群も群勢が回復しませんでした。(図1) これらの群からは農薬や寄生ダニは検出されませんでしたが、アメリカ腐蛆病菌のDNAが検出されました。イチゴ温室に導入した蜂群でも同様な消長の記録を取りました。
- 施設内での蜂群のストレス:マイクロアレイ法でイチゴ温室への導入前後の遺伝子発現を比較したところ、多くの遺伝子の発現が環境変化に対応して変化していました(図2)。これらの中にはストレス応答遺伝子も含まれており、施設内のミツバチが高ストレスに曝されていることが示唆されました。
- 低濃度農薬の蜂群への影響:現在稲作で広く使用されているネオニコチノイド系農薬クロチアニジンを中心に、ミツバチへの農薬の影響を検討しました。
(ア) 蜂群に半数致死濃度以下の農薬を直接噴霧した場合、働き蜂の死亡が確認されるものの、噴霧後の巣箱重量は噴霧していない場合と同様の消長を示しました。
(イ) 働き蜂に致死量以下の農薬を塗布した場合、その後の寿命は農薬を塗布していない場合と差がありませんでした。(図3)
(ウ) 働き蜂に致死量以下の農薬を塗布した場合の帰巣性は、塗布しない場合と比較して帰巣率が若干低下する傾向が見られましたが、データのバラツキが大きく統計的には有意な差ではありませんでした。
以上の結果から、低濃度農薬のミツバチの健常性に対する有意な影響を示唆するデータは得られませんでした。 - フィールドにおける農薬曝露試験:クロチアニジンを含有する農薬が散布される予定の水田の中央部や周縁部に蜂群を設置し、農薬散布の2日後に回収してその後の消長を約一ヶ月間にわたり調査したところ、巣重量の変化は農薬に曝露していない群とほとんど差が無く、目視による観察でも異常は見られませんでした。
- 蜂病調査:我が国の蜂群の健康状態を把握するために健全群を対象とする蜂病病原菌の調査を行ったところ、現在知られている7種のウイルスのうち5種のRNAやアメリカ腐蛆病、ヨーロッパ腐蛆病、チョーク病、ノゼマ病(2種)の病原体のDNAがPCR(特定の遺伝子断片を増幅する方法)により検出されました。(表1、2)

図1 継続観察群(10群)の巣箱重量の変化
巣箱重量は蜂群の健全性の指標の一つです。この養蜂家の巣箱(10群)の重量はすべて漸減し、うち2群は群勢を維持できなくなり、他の群でも群勢を回復しませんでした。PCR法の検査の結果、すべての群からアメリカ腐蛆病菌のDNAが検出されました。

図2 DNAマイクロアレイによるミツバチ全遺伝子の発現比較
図の個々の点の明るさはそれぞれの遺伝子の発現の強さを表しています。
例:矢印の点はイチゴ温室に導入することで発現がなくなっています。

図3 低濃度農薬を塗布した際の働き蜂の余命
実験ごとにデータはばらつく(点線)が、平均(実線)すると半数致死量の半分の農薬を塗布した場合(青色)、四分の一量の農薬を塗布した場合(水色)の生存率の変化は、農薬を塗布しなかった場合(赤色)と差が見られません。
表1 PCRによるウイルスRNAの検出

表2 PCRによる法定伝染病・届出伝染病の病原菌DNAの検出

今後の予定
今回の調査・研究から、現在我が国の蜂群の消長に不顕性感染(症状は出ていないが病原菌が感染している状態)の蜂病が影響している可能性が考えられ、その克服が重要な課題であると考えられます。今後は、不顕性感染がミツバチの減少に及ぼす影響についてさらに研究を進めるとともに、病原菌などを清浄化していくことが重要です。研究も蜂病の予防、衛生管理に重点をおいて進める予定です。
農薬に関しては、今回の試験では低濃度農薬のミツバチへの影響を示すデータが得られませんでした。しかし、幼虫に対する試験を行っていないなど多くの検討事項が残されているので、引き続き農薬の影響試験を行う予定です。
今回の調査では、ミツバチヘギイタダニは取り扱いませんでしたが、このダニはウイルスの媒介も行い、蜂群に重篤な影響を与えます。残された検討事項として、対策に資する研究を行う予定にしています。
今後は上記の蜂病、農薬、寄生ダニ以外にストレスの影響やそれら個々の要因の複合的影響がミツバチ群の消長に与える影響を解析するとともに、その結果を踏まえ、ミツバチの利用において群の安定的維持に資する技術開発を行う予定です。
用語の解説
- 蜂児域面積:卵や幼虫、蛹が育てられている巣房(蜂の巣を構成する一つ一つの部屋)の面積のこと。巣の総面積に占める蜂児域面積の割合はミツバチ群の繁殖力や働き蜂の育児能力の指標として用いられます。
- アメリカ腐蛆病:グラム陽性の有芽胞桿菌であるアメリカ腐蛆病菌(Paenibacillus larvae)の芽胞がミツバチの幼虫(蛆)に経口感染すると敗血症死を引き起こし、膠の臭いのする粘稠性で茶褐色の腐蛆となります。家畜法定伝染病に指定されている蜂病で、発生蜂群は焼却処分が義務付けられています。
- ネオニコチノイド系農薬:ネオニコチノイドとはニコチンとその類縁物質であるニコチノイドの構造を模して合成された物質で殺虫作用を有します。このタイプの殺虫剤は神経伝達系のアセチルコリン受容体に結合し、アセチルコリンによる情報伝達を阻害することで、その作用を発揮します。ネオニコチノイドはほ乳類の受容体に対する親和性が低いことから人間には安全な農薬と考えられており、その広い殺虫活性から広汎に用いられている農薬です。
- 帰巣性:社会性昆虫であるミツバチは巣に戻る性質があり、それを帰巣性と呼びます。農薬により中枢神経系に影響があった場合、帰巣性に変化が起こることから、農薬の影響を調べる指標とされています。
- 現在知られているミツバチ病のウイルス
- ABPV (acute bee paralysis virus)
- 急性麻痺病の原因ウイルス。幼虫は死亡し、成虫は麻痺した飛べない状態で死亡する。
- BQCV (black queen cell virus)
- 黒色女王蜂児ウイルス。女王蜂の幼虫と蛹が黒くなって死亡する。働き蜂成虫では明確な症状は無い。
- CBPV (chronic bee paralysis virus)
- 慢性麻痺病の原因ウイルス。主に成虫が影響を受け、翅と体を震わせながら飛べない状態で地面を這う。
- DWV (deformed wing virus)
- 翅形態不全ウイルス。翅の形態異常、体が小さい、体色が薄いなどの症状が出る。羽化直後の蜂が主に死亡する。
- IAPV (Israel acute paralysis virus)
- イスラエル急性麻痺病の原因ウイルス。翅を震わせ麻痺して巣の外で死亡する。
- KBV (Kashmir bee virus)
- カシミアウイルス。全ての段階のミツバチが影響を受ける。通常、ミツバチの体内で増殖せずに存在するが、体液に感染すると3日以内で死亡する。
- SBV (sacbrood virus)
- サックブルード病の原因ウイルス。2日齢の幼虫が最も感染に弱いが、成虫も寿命が短くなる。